りんごの青

明日は明日で、昨日は昨日(還暦過ぎた女の暮らし)

母の実家

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GW目前の1週間
今週は頑張る週間です
気持ちよくGWに突入できるように、お仕事片づけるぞ週間
やる気が見えるわ

叔父(母の弟)が関東から来ている
生家を処分するためである
母の兄弟構成は、伯父・母・叔母・叔父
跡取りの伯父夫婦は数年前に相次いで亡くなり、その子どもたち(従弟たち)は県外に出ており、帰って来ることはない
関東の叔父は、一時期、老後は故郷に帰って来ようかな・・と言っていたこともあるが、結局、神奈川で骨を埋めることにした

戦争を耐え抜いた屋敷は田畑とともに、隣にある本家(母の生家は分家)に譲り渡すらしい

私は母の実家が苦手だった
何度か母に連れられて行ったが、何度行っても慣れることはなかった
玄関に入ると私たちは天井の高い広い土間に立ち、重苦しい雰囲気の中で、次の間で正座して迎える祖父母に対し、礼儀正しいとも他人行儀とも言える挨拶を交わした
その後、座敷に通され、再びお辞儀をしながら一通りの挨拶をする
私はいつ頭を上げて良いのかわからなかった

母も緊張していたように思う
昔は、跡取り長男とその他兄弟姉妹とはまるで扱いが違ったと、母がよく言っていた
ご飯を食べるときも、跡取り長男とは別に、一段下の間で食べたと

そんな中にあって、祖母は女子にも教育が必要だと考える人であったらしく、母は、母の世代では珍しく、国立大学の附属中学に通い、その後国立大学薬学部を卒業した
祖母も学問をやりたかったが、親に反対されて叶わず、好きでもない男性(祖父)に嫁がされたと、亡くなる間際まで悔いていたらしい
いつも厳しい顔をしていた祖母であったが、祖母には祖母の悲しみがあったのだ
祖母は夢を娘に託して、母は祖母の夢を叶えた

祖母は亡くなる前の数年間、我が家の近くの施設で過ごした
頑固で気の強い祖母が、介護士さんや看護師さんの言うことを聞くわけはなく、周りの者を困らせていた
伯父はとっくに祖母の世話から手を引いていた
母は、祖母に感謝していると言い、手を焼きながらも、自身住まいの近くの施設に入れて面倒を見た

あの屋敷がなくなる
もう何年も行ってない、最後は伯母が亡くなったときだったか
取り壊される前に行って写真におさめてこよう